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「HOWL」- 半世紀過ぎても衰えぬ反骨精神(Flying Buzz vol.2より)

そして来週末にはFlying Buzzの第3 号を製作中です。
次号は「ホール・アース・カタログ」特集、発行は7月中旬を予定してます。

2号に掲載した、アメリカの詩人、アレン・ギンズバーグの今年出版50周年を迎えた代表作「HOWL」についての記事を掲載します。

------------以下、Flying Buzz vol.2より------------

「HOWL」- 半世紀過ぎても衰えぬ反骨精神    text by Tsukagoshi

アレン・ギンズバーグは、ケルアック、バロウズらと並び、1950年代にアメリカで起こった文学運動ビート・ジェネレーションを代表する詩人。既存の文化や価値観を根底から覆した象徴的存在である。ギンズバーグはサンフランシスコにあったシックス・ギャラリーで行われた朗読会に、約150人の前で「HOWL」を初めて披露した。今まで誰も体験し得なかった、偽りのないありのままの自分をさらけ出した詩に皆感嘆し、詩人達は誰もがこの一夜を「まるで世界が変わった」と回顧する程の出来事だった。1955年10月6日、ビート詩人アレン・ギンズバーグが産声を上げた記念すべき日である。

f0024665_1754223.jpg1956年秋、ローレンス・ファーリンゲティ(シティライツ書店店主)は「HOWL」をシティライツ書店の「ポケット・ポエッツ・シリーズ 」(ポケットサイズの低価格詩集)第4作目として出版した。(初版1000部はイギリスで印刷され、定価75セントだった。)
しかし、翌年春、税関でわいせつ文書として押収、警察によってシティライツ店頭の「HOWL」も押収され、ファーリンゲティとマネージャーのシゲヨシ・ムラオ(シアトル生まれの日系二世)が逮捕されることになる。しかし裁判で、アメリカ自由人権協会や仲間のサポートの元、「わいせつとの判断は不当」とする判決を勝ち取る事が出来、これをきっかけに、「HOWL」とギンズバーグの名は一気にアメリカ全土へ知れ渡った。(裁判後は1万部の増版)

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日本では1961年(昭和36年)に「HOWL」が古沢安二郎訳により那須書房から500部限定で「咆哮」という題で出版された。ギンズバーグは60年代から度々日本を訪れており、特に日本のビート詩人であるナナオ・サカキらとは共に世界各地の朗読会へ赴くほど、長い交友関係が続いた。現在日本語で入手可能なものとして「ギンズバーグ詩集(諏訪優訳:思潮社)」、「特集アレン・ギンズバーグ:現代詩手帖特集版(富山英俊訳:思潮社)」等があり、こちらは「吠える」として収録されている。他にも「ビート詩集(片桐ユズル訳:国文社・1962年)」があり、それぞれ訳者によって微妙なニュアンスや表現が違うので読み比べてみると面白い。
現在ポケット・ポエッツ・シリーズの「HOWL」は、これまで93万5千部発行され、6ドル95セントでデザインは当時と変わらぬままだ。また海外ではリーディングを収めたCDも発売されており、観衆の大喝采に包まれるライブ盤は、その絶大な人気が伺えるので是非聞いてみてほしい。

f0024665_17551998.jpg生前ギンズバーグは、60年代以降に反戦運動の扇動的存在としてFBIにマークされた事がある。しかし音楽界のボブ・ディランやパティ・スミス、故ジョー・ストラマー(ザ・クラッシュ)との交流、往年の作品が評価されての全米図書賞の受賞や大学教授として教鞭を執るなど71歳の生涯を終えるまで活動は多岐に渡った。ギンズバーグに人々が共鳴した詩の中には、価値観や流行に流されず、批判や反応を恐れない反骨精神にある。かつてのシックス・ギャラリーのように観衆の度肝を抜く詩人が再び現れ、若者が奮い立つ瞬間に出逢える事を願っている。これからも、「HOWL」はずっと人々の心に刻まれていくだろう。
最後に古沢安二郎訳による「咆哮」の文頭を紹介したい。
<咆哮>
「私はおなじ世代の最良の人たちが狂気に身を亡ぼされ、狂気に飢えて裸にされているのを見た、
からだを引きづりながら夜明けの黒人街を腹立たしい一本のヘロインを探し求めるため歩き回るのを、
夜の機構を動かす星のダイナモの中に溶けこんで行く昔ながらの天のかけ橋をせめて薬に求めようとして
もがいている天使のようなヒップスターたち、・・・・」
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by flying-books | 2006-06-28 23:37 | Flying Buzz

「音楽はそれを愛するものすべての者のまえにある」

「音楽には東も西もない。音楽はそれを愛するものすべての者のまえにある。芸術に国境はないということだ」
かつて世界が東西の冷戦の中にあった時代、東京都の主導で企画された「世界音楽祭」には東欧諸国の参加がありませんでした。芸術の祭典に政治的な中傷を持ち込まれたことに憤った作曲家武満徹が筆を取ったのがこの原稿です。
皮肉なのはこの音楽祭の計画者が、ロシア生まれのアメリカ人作曲家ニコラス・ナボコフ(あの「ロリータ」のウラジミール・ナボコフの従弟)だったということ。東西の架け橋となり得たはずの作曲家が、実際は強力な反共産主義者で、東側諸国の音楽祭参加を拒否したそうです。
釈然としない武満はこの芸術がすり替えられた政治的図式に乗ることを拒否し、「賛否ともに納得できないままでいる。傍観的立場をとるつもりはないのだが、やむを得ない。」としています。
ジョン・ケージ、ジャスパー・ジョーンズやブルーノ・ムナーリらと国境やジャンルを越え、共鳴・協働してきた武満徹にとって、芸術が政治に利用され、また政治によって芸術の自由が奪われることは何より許しがたかったに違いありません。
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武満徹草稿「世界音楽祭をめぐって」 ペン書400字詰原稿4枚完
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by flying-books | 2006-06-10 23:42 | ART

「武満徹 Visions in Time」

「音を聴く時、視覚がいつも伴ってきます。そしてまた、眼で見た場合、それが聴覚に作用する。しかもそれは別々のことではなく、常に互いに相乗してイマジネーションを活力あるものにしていると思うのです。」(武満徹 Visions in Time展公式カタログより)

今年没後10年を迎える音楽家、武満徹の回顧展が、彼自身が芸術監督を務めながらも落成を見ることが叶わなかった東京オペラシティアートギャラリーで今月18日まで開かれています。
音楽家の展覧会に足を運んだのは学生の時に訪れた「ワーグナー展」、「エリック・サティ展」以来ですが、今回の展覧会は音楽、絵画、詩、映画とあらゆるものに好奇心を示し、ジャンルや国境を越えたアーティストたちと交感しあい、それらを作品に取り込んで行った武満ならではの最も多岐に渡ったものでした。
 武満自ら「学んだことは限りない」と言う瀧口修造と彼を中心に結成された「実験工房」、駒井哲郎、加納光於ら画家、杉浦康平、田中一光らグラフィック・デザイナー、安部公房、谷川俊太郎ら作家・詩人、ジョン・ケージ、ジャスパー・ジョーンズ、イサム・ノグチ、ホアン・ミロらとのコラボレート作品はもちろん、作曲のインスピレーションの素となったルドンや、村上華岳らの絵画、芸術性の高いものから大衆娯楽作品まで幅広く作曲を手掛けた映画のポスター群までが一堂に会した展示は、一つの戦後文化史を見ているかの様でした。
中でもイタリアのグラフィック・デザイナー、ブルーノ・ムナーリから贈られた「Invisible book(読めない本)」の4色からなる不揃いの紙片に、武満自らが音符や打楽器奏者への指示をグラフィカル記入した「ムナーリ・バイ・ムナーリ」や、杉浦康平とのコラボレートによって手掛けられた「グラフィック楽譜」の数々は、ジャンルをクロス・オーバーし、音楽を視覚的にも表現してきた武満ならではの魅力をもっともよく表していたかと思います。
親交のあった各界のアーティストから今回寄せられた言葉には愛が溢れ、今なお武満徹の精神はそれぞれの作品の中で生きつづけているかのようでした。
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「武満徹 Visions in Time」展  ~6/18(日)
東京オペラシティアートギャラリー
〒163-1403 東京都新宿区西新宿 3-20-2
Tel.03-5353-0756
写真は公式カタログ
エスクァイア・マガジン・ジャパン刊 2520円
(一般の書店でも購入できるようです)
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by flying-books | 2006-06-08 23:04 | ART